ボランティア ・ 学習者紹介

勉強してます! チンカイさん

チンカイさん

専門的な技術を身につけるため、職業能力開発センターで2年間学ぶことを決意し、その受験勉強のために、さぽうと21で数学の勉強を始めた。無事合格、入学、卒業、そして就職。受験のための勉強が終わった後も、引き続き日本語、CAD、パソコンなどの勉強を続けている。日本語能力試験1級にも合格し、学習支援室の行事の際にはビルマ語-日本語の通訳として活躍。

 

数年前にまとめたスピーチ原稿より

日本にはカタツムリはいない。

 

私はずっとそう思っていました。もちろんこれは間違いです。でも、私がそう信じていたのも無理はありません。なぜなら、日本に来てからの10 数年というもの、私は生きることに必死で、この小さくてのんきな生き物に目を向ける余裕などなかったのですから。

 

私はビルマ、皆さんがミャンマーと呼んでいる国の出身です。私は将来エンジニアになることを目標に、小さい頃からずっと一生懸命に勉強していました。しかし、私が高校生の頃、全国的に民主化を求める運動がおこり、私はその運動に関わったため、軍政府に追われ、次第に身の危険を感じるようになりました。そして、進学をあきらめ、家族と別れ、ついには祖国を離れなければならないところまで追い詰められ、言葉も文化も分からない日本へ逃げてきました。私が1 9 歳の時です。

 

その後ずっと祖国の民主化を強く望んでいましたが、国の状況は一向に変わりませんでした。在留の許可を得る方法も分からないまま、時間だけが過ぎていきました。私はすでに3 0 歳になっていました。そしてその頃、私は同じ国の同じ民族のある男性と出会い、結婚しました。ところが、さあ、これから二人で幸せな家庭を築こうと思っていた矢先に、思いもよらなかった出来事が起こりました。在留資格のなかった夫が逮捕され、強制送還されてしまったのです。その時私は妊娠3ヶ月でした。ひどいつわりに追い打ちをかけるように、精神的な打撃を受けたのでした。国へ帰れば私もお腹の子供もどうなるかわかりません。私は勇気をふりしぼって一人で出産することを決心しました。普通の妊婦さんとは正反対の、不安でいっぱいの日々でした。毎日のように泣いていた事を覚えています。そんな私をさらに厳しい現実が待ち受けていました。無事に出産することだけを望んで頼りに思い、出産の予約も済ませていた病院から、臨月に入ったある日呼び出され、「当病院での出産は認められません。」と言われたのです。確かに私のおかれていた立場は複雑でなかなか理解をしてもらいにくいだろうと思ってはいましたが、出産を目前に控えたその時に、どうして突然にそんな事を言われなければならないのだろう。まるで雷が落ちたかのようなショックに、私はめまいを覚え、目の前が真っ暗になりました。これからどうしよう。どこへ行こう。

 

深く落ち込んだ私を支えてくれたのは母が話してくれた小さなカタツムリの話でした。幼い頃から母が何度も話してくれた小さなカタツムリの話です。小さくてのろまなカタツムリはゆっくりと垣根を登っていきます。途中でいろいろな物に邪魔をされます。思わぬ危険に出くわして地面に転び落ちることもあります。しかし、カタツムリはあきらめません。何回もチャレンジして登り続けます。そしてついに目的地に辿り着くのです。この小さなカタツムリのように、どんなに大変なことがあっても、どんなに困難な事があってもあきらめずに頑張れば、最後にはきっと目標に辿り着くのだよ、それが母の教えてくれた事でした。

 

私は「あきらめてはいられない」と自分で自分を励まし、お腹の子を無事出産するために、少しでも可能性がありそうだと思えば、何でもやってみました。そんな私を同じ国の同じ民族の仲間や心ある日本の方々が助けてくれました。神様はずっと見守ってくれました。私は都内の別の病院で無事に元気な男の子を出産することができたのです。多くの方々に支えられ、息子は無事に3 才を迎えることが出来ました。

 

その後も夫からの連絡は途絶えたままです。しかし、私は落ち込んだり悩んだりしていることはできません。息子と二人で自立した生活を営まなければなりません。息子の出産からまもなく、在留の許可をいただいた私は、この春、東京都の職業能力開発センターの1年生になりました。一度はあきらめかけた勉学のチャンスを再び手に入れることができたのです。日本へ来てからの10 年余り、次々と襲ってきた困難に疲れ果て、時には落ち込み、時には悲しみに涙しながら生きてきました。あの小さなカタツムリのようにあきらめずに頑張ろう、そんな思いで困難を乗り越えて来ました。神様、仲間、大勢の方々に支えられ、目標に向かってゆっくりと歩み続けています。これからも私の人生には多くの困難が待ち受けているでしょう。たとえそうだとしても今は息子と二人、小さなカタツムリをさがす余裕は持てるようになったかな、と思っています。


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