ボランティア ・ 学習者紹介

勉強してます! モーさん

モーさん

1992年にミャンマーを出国。

1994年9月に船で和歌山に上陸。

忙しいスケジュールの合間をぬって、奥様のマイさんと、支援室への通学を続けた。

(現在はお休み中)

2010年10月の学習発表会より

皆さん、こんにちは。私の名前はチョー・モー・テです。

今、先生たちも私たちも、結構プレッシャーがかかって、緊張しています。でも、今まで、勉強していたことは今日の発表会につながると思います。だから、私の発表をします。

 

私は、難民として日本で暮らしています。ビルマ出身で、ビルマを出たのは、当時22歳で大学1年生でした。私の大学はラングーン大学です。大学では法律を勉強していました。私の将来の夢、私の夢は弁護士になることでした。でも、夢はかないませんでした。今私が思っていた夢と現実はちがいます。でも、私には2つの夢はまだあります。1つは、母国が自由になることです。もう1つは、ビルマの子供たちが教育を受けられることです。

 

今、現在、3つの仕事をしています。あと、家ではlaser engravingで小さいビジネスをホームビジネスとして、自分でしています。私は毎日朝5時半に起きて仕事に行きます。朝起きたら、最初自分が思っていたことは、「あ~、今日も生きてたね、よかったね、神様ありがとうございます。」それから、私の一日が始まります。そして、家に帰るのは夜12時です。1日働く時間は13時間。自分でやっているビジネスは時間が決まっていません。本当は疲れているので土曜日には休みたいと思っています。でも、さぽうと21に日本語を勉強しに行きます。

 

なぜ、私のせっかくの休みに、さぽうと21に行って、日本語を勉強に行くのでしょうか。

それは、勉強すれば、心も体も強くなるためです。自分で自分を磨くためです。日本の歴史でも、ビルマの歴史でも刀はよく使っています。自分で刀のようだと思います。危ないことがあったら、刀で自分を守り、攻撃を受けて、戦うときは刀を使います。でも、磨いていなければ、その刀は使えません。さぽうと21で勉強する時間は、私にとって特別な世界です。

 

私は難民ですが、難民としては恵まれています。クーラーをかけている教室やきれいな机を使って勉強をしています。難民キャンプの中で生活をしている難民の人たちやビルマにいる子供たちは、電気がなく、きれいでもない机を使って勉強いています。難民キャンプの建物は木で作られているので、寒い季節は風が入ってきますし、暑い季節はとても暑いです。同じ難民ですけれど、事情はちがいます。なぜ、違いますか。深く深く自分で考えていれば、いろんな質問が出てきました。

 

生まれてから死ぬまで、人生は短いです。人生というものはどういうものですか。人生の意味は人それぞれちがいます。私にとって、あなたにとって、人生というものはどういうものですか。朝起きて顔を洗って、歯を磨いて、仕事に行って働いて、家に帰ってお風呂に入って、寝、そういう同じことを繰り返すのが人生ですか。おしゃれな服を着て、買い物をして、おいしいものを食べることが人生ですか。

 

私は、ビルマの子供たちが教育を受けられるよう、サポートをするために、活動をしています。そしてビルマの国が変わるために活動をしています。子供たちが夢を持てるように、勉強をしてもらいたいです。ビルマには勉強をしたいと思っている子供たちがたくさんいます。ビルマの明るい未来のために、子供たちに勉強してほしいです。教育は私たちが歩く道を照らす明かりのようなものだと思います。教育は花を育てるのと同じです。その意味では、さぽうと21の先生たちは花を育ててくれています。先生たちは、自分の時間やお金や気持ちをこめて花を育ててくれています。花を育てるには何が必要でしょうか。

 

このハートが必要です。
皆さん、花を育てたことがありますか。きれいな花になるには、種から気持ちをこめて育てなければ、きれいな花は育ちません。さぽうと21には、子供から年配の方までいるので、本当にカラフルな花が咲いています。きれいな庭です。

最後に、先生たちに「いつもありがとうございます」という言葉を、この場から言います。先生たち、ありがとうございます。


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