支援生OB 小田川和導さん
- 支援年度
- 2006年~2009年 生活支援生
- 2009年~2010年 坪井基金生
- つながる国・地域
- ベトナム
- 卒業校または専門分野
- 獨協大学法学部
私のいま
旧姓はNGUEYN NHAT NAM(グエン ニャット ナム)、帰化した際には越 和導(コシ カズミチ)、現在は小田川(オダガワ)姓を名乗ってます。
3歳(執筆当時)の小さな怪獣のパパをしてます。
普通の大学の普通の法学部を卒業した文系出身のエンジニアで、現在は1000人ぐらいの中小企業メーカーの情報システム部にて、システムの保守・運用、ビジネス拡大に伴うシステム投資(企画・設計)及び、日々のエンドユーザーからの問い合わせ対応などをやってます。
これまでの生い立ち
私のバックグラウンドとしては、インドシナ難民二世としてベトナム人の両親のもと東京で生を受け神奈川で過ごしました。
生まれ育った地域に外国人コミュニティがなかったためか同世代の日本人から格好の好奇心の餌食となり、自身の対人コミュニケーション力の低さとも重なりよくいじめられていました。こんな幼少期だったこともあり、外国人であることをよく思うことはありませんでした。
私という人間を肯定し続けてきてくれたこと
さぽうと21との出会いは高校受験が控えた中学2年生、勉強の補講をしていただくことから始まりました。その中で出会った講師の方を尊敬し、憧れたことをきっかけに同じ業界・会社で働きたいという思い、新卒で同じIT企業に入社、ITエンジニアとしてのキャリアを歩み始めたことが経緯となります(当初はIT企業での営業希望でしたが)。
生活支援生、そして坪井一郎 ・ 仁子 学生支援プログラムの支援生時代を振り返ると金銭的な支援を頂いただけでなく、同じバックグラウンド持つ非常に優秀な同世代と出会わせて頂いたこと、合宿などで非常に有意義な時間を共に過ごす機会を頂いたこと、また常に私という人間を肯定し応援し続けて頂けたことには感謝しかなく、これが今の私の支えになっています。
この経験のおかげで自分は一人ではないこと、外国人であることは寧ろ強みにもなりうること、物事の考え方の軸そのものを大きく前向きに変えたターニングポイントとなりました。
後輩へのメッセージ
さぽうと21が支援する学生は私とは比較にならないぐらい優秀なので偉そうなコメントができないですが、ただはっきり言えることは、さぽうと21はどんな状況でもどんな事情でも常に味方でい続けてくれる家族みたいなもので常に素の自分でいれる場所と思っています。同じような境遇を持つ二世三世も増えてきてはいるものの、日本全体からみたらまだまだ少なく、また社会の理解はまだまだ熟していないこのご時世ではありますが、支援を受けている人は前だけを向いて歩めるので何も心配せず前進し続ければいいのかと思います。
最後に。いつかはさぽうと21にとって支援して良かったといってもらえるような人間になれるよう引き続き精進して参ります。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。