息子に受け継がれた　「学ぶこと」への情熱私が小さな船でベトナムを脱出し、シンガポールの難民キャンプを経て日本にやってきたのは１９８９年、26歳の時でした。「難民を助ける会」（現さぽうと21）や大学・大学院の恩師、就職先の上司ら様々な方々との出会いを経て、今日、IT関係の会社を経営しています。この７月、長男のレオンが国際物理オリンピックで銀賞を受賞しました。本人の努力はもちろんですが、私の父が私の中に育んでくれた「学ぶことへの情熱」を受け継いでくれたようで、大変うれしく思っています。思えばその情熱が、私を日本に連れてきたのでした。私はベトナム中部のフエ市で生まれ育ちました。父は南ベトナム時代には南政府の諜報局で仕事をしていました。アメリカのCIAとも関係があったようです。そのためベトナム戦争が終わった３年後ぐらいから９年間、刑務所に入っていました。生活も大変でしたが、ベトナムではそのような人物が家族にいると、それだけで平等に扱ってもらえません。例えば私はフエ市総合大学数学科の入学試験で３位の成績を取りました。翌年のダナン工科大学の入学試験では首席でした。ベトナムでは大学入試の成績が公開されるのです。しかしいずれも入学許可は下りませんでした。地区の公安委員会が「社会に貢献している」と認めてくれないと、入学が許可されないのです。私の場合、父の経歴が問題になっているのは明らかでした。そんな時、中学・高校時代の私を知る先生方が「彼に勉強させないのは惜しい」と、応援してくれました。３年目に受験したサイゴン（現ホーチミン）の工科大学で、先生の交渉で教育委員会が公安委員会に私の書類を回さずに、直接に大学に送っていて、大学から入学させてくれたのです。しかし、２年ほどでばれて退学になりました。大学の担任の先生は私に大学で勉強を続けさせたいと、先生全員に頼み込み、私はこっそり授業に出席させてもらいました。しかしもちろん卒業はできませんし、就職の見込みもありません。半年ほどであきらめ、兄と工場をつくりました。当時、川で砂金を探すことが流行していました。兄と私は、ベトナム戦争後あちこちに放置されていた装甲車や戦車の戦争の鉄ごみを材料に、金塊を延ばす機械を作りました。それは飛ぶように売れ、私たちは大儲けしたのです。それでも私は「自分の人生はこれでいいのか。もっと勉強したい」と思っていました。幼いころ、刑務所に父をたずねて、２人きりになった時「この国にお前の未来はない。できるなら外国に行け」と言われていました。父は決して「勉強しろ」とは言わなかった。けれども子どもたちの教育をとても大事に考えており、その気持ちを私はずっと感じていました。だから国を出ることにしたのです。何人か一緒に出資して脱出するための漁船を作りました。若いから馬鹿でしたね。300リットルほどの水を積んで、幅３メートル、長さ11メートルほどの小舟に38人も乗って、シンガポールを目指しました。そんな小さな舟でシンガポールまでいけるわけはないとその後に分かりました。途中で、大きな船がひろってくれればいいのですが、１９８０年代終わりにはどの国の船もなかなか拾ってくれないようになっていました。見渡す限り、海、海、海。怖いほど、水しかない。船出して３日目、タイの漁船に出会いました。私たちに水をくれ、「この船でシンガポールに行くのは無理だ。ここから２００キロのところに商船が行き交う航路がある。そこへ行け」と言うのです。いちかばちか航路を変えました。そうしたら本当に商船がたくさん行き交っているところに出ました。そのうち６隻が私たちの周りをぐるぐる回り始め、やがてイギリスの船１隻だけが残り、私たちを拾ってくれました。その３時間後、ものすごい暴風雨がやってきました。私たちを取り巻いた商船は、台風が来るのを知っていて、だれが私たちを助けるか、相談していたらしいのです。あのまま小舟に乗っていたら、私たちは間違いなく海の底に沈んでいました。シンガポールの難民キャンプには半年ほど滞在しました。私は本当はアメリカに行きたかったのです。日本語はとても難しいと聞いていましたし、アメリカは父と縁がある国でしたから。しかし、アメリカの係員は「父親が刑務所にいたあなたが、ベトナムの大学に入学できるはずがない。あなたは噓つきだ」と言うのです。父はアメリカ政府の協力者として、過去の「組織コード」を持っていました。私は当時、コードについては知りませんでした。もし知っていたら、アメリカに移住できていたと思います。難民として日本に来たのは１９８９年、私は26歳になっていました。工場での仕事は一日十数時間にも及び、疲れてとても勉強どころではありません。そんな時、友人から「さぽうと21」を教えてもらい、当時「難民を助ける会」事務局長だった柳瀬房子さんの紹介であるお寺に寄宿させていただきました。朝５時に起きて掃除するなどお寺ならではの毎日でしたが、落ち着いて勉強でき、来日１年半ほどで東京農工大学数学科に入学することができました。大学院に入ってからは、研究者として給料をもらうことができ、生活も楽になりました。思えば日本に来てからもう34年。当時と比べると、日本は外国人にとってずい分住みやすくなったと思います。日本はもう事実上の移民大国。やるべきことは明らかですし、多くの民間団体も活動しています。日本に出稼ぎに来る人たちはまじめで勤勉な人が多い。仕事と生活環境さえ整えば、たくさん税金を払ってくれます。ちなみに私もかなり税金を納めています。（笑）息子も娘も、学校生活や学問を楽しんでいるようです。親としてはそれがうれしいですね。今私はさぽうと21の監事をしています。いつか会社を退いたら、さぽうと21で外国人の子どもたちの中学・高校受験をサポートするボランティアをできたらいいなと思っています。数学にはちょっと自信があります（笑）。