新着情報

所属のない辛さ

2017年03月19日(日)

難民として日本で暮らす父親や母親の家族呼び寄せで来日する「子どもたち」。小学生、中学生で来日する子どもばかりではありません。

 

自国で中学校を卒業してから、または高校在学中に来日することとなる若者もいます。彼らにとっての当面の目標は、日本の高校に入ることとなります。限られた時間の中で、受験勉強に励み、高校を受験します。

 

 

ちょうど1年前、来日から1年にもならないJ君が、在京外国人枠で都立高校に合格した時には、本当に「よかった~~~」と皆で喜び合いました。

彼のような若者は、中学校に行くわけにはいきません。J君も「たぶんかフリースクール」の先生方、スタッフの皆さんに、大変お世話になりました。

 

 

また、自国ですでに高校を卒業してしまってから、来日することとなり、日本に着いたその日から「どこにも所属する場所のない」若者もいます。

 

 

Aさんは、来日後しばらくは、アルバイトをしながら日本語学校に通い、親と一緒の生活を楽しんでいるように見えました。でも、日本語の勉強が中級後半にさしかかった頃、「国へ帰りたい」という思いが募り、親に断りもなく日本語学校をやめてしまいました。

 

Bさんは、何をしていいか分からず、親に勧められるままに日本語学校に行くこととなりました。でも、勉強の必要性も実感できず、将来も描けず、学校に遅刻することも多くなり、結局学校をやめることとなってしまいました。

 

 

右も左もわからない日本の社会に、ある日ポンと放り出される10代後半の若者。「属する場」がない中、前に進むことを考えなければなりません。

 

 

Zさんも、そんな一人でした。来日は今から6年前。来日直後、親御さんと一緒に相談にいらした時には「とにかくできるだけ早く日本語学校に行って勉強しましょう」と言ってみましたが、彼からは、反応らしい反応はありませんでした。

ただ遊んでいるわけにもいかず、工場でのアルバイトから彼の日本生活は始まることとなりました。

そのZさんが、この春、大学生になります。希望していた「農学部」での勉強が始まります。志望理由書には、こんな記載がありました。

 

 

大学が終わったら、まず日本で経験を積んで、将来、故郷に帰って、農業をやりたいと思っています。今は故郷では戦争が長く続いており、自然が破壊され、人々は仕事を失い、生活に苦しんでいます。

近い将来、この戦争は終わると信じています。その時、故郷には戦後の復興事業のため、いろいろな専門能力をもつたくさんの人の力が必要となります。

私は、第一次産業である農業はとくに重要だと思っています。だから、自分自身は日本で学んだ農業技術を生かして、故郷のため、一つの力になりたいと願っています。

 

 

 

自身の不断の努力によって、彼は今、新しいステージでの第一歩を踏み出そうとしています。

 

 

 

 

 

pagetop